私の強迫性障害の記録

私が経験した強迫性障害の加害恐怖の記録です。

タグ:不安症

病気だと気付くこと
 今回から、会食恐怖症の克服する方法を、述べていこうと思います。
 一人でも、友人とでも、社会の中でも、過度な不安から会食することができなかった私が、どのようにこの病と付き合っていったか、について述べていきます。

 正直に言うと、現在25歳の私は、完全に会食恐怖症を克服した訳ではありません。
 数字で表すと、会食恐怖症になる前が100会食恐怖症が一番酷かった時期が0とするならば、現在は80〜90くらいの状態です。
 かなりマシになった、という表現が適切と考えます。
 それでも一番酷かった時期の全く会食ができないという状況は今では無くなり、友人との会食の席や一人での外食も今では当たり前のようにできています。

 まず一つ言えることは、自分が会食恐怖症であるということに気付くことです。
 これは強迫性障害の症状にも言えることですが、
 「今起こっている不安感は脳の誤った信号だ。」
 と気付くことです。
 これができないと、「なんだこの不安感は?」という思考で留まり、前に進めません。
 なので、私が会食恐怖症の症状が出た時は、必ず次のように言い聞かせるようにしています。
 「今、私は不安を感じているなぁ。会食恐怖症だ。あなたには絶対に負けないよ。

 このように思う、つまり自分の病に気付くこと、それを客観的に見ることができれば克服の第一歩となります。
 もちろんこれだけで克服できるほど甘くはありません。
 しかし、小さな一歩ですが、間違いなく前進したことになります。
 
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社会の中の苦しみ
 私は会食恐怖症を患い、友人との食事や、一人での外食もできなくなりました。
 前回の記事では友人との外食に焦点を当てて、述べてきましたが、この記事では、「社会人としての会食恐怖症」に焦点を当てて、会食恐怖症の苦しみを述べていこうと思います。

 馬肉のソーセージを食べて嘔吐したことをキッカケに、一人での外食することや、友人との食事の席でも、全く食べ物を食べることができなくなり、食べられない苦しみと理解されない苦しみに悩まされていました。

 そして、私が22歳のとき、社会人としての会食を初めて経験しました。
 当時私は大学院へ進学していたため、就職活動の一環として企業のインターンに参加することがありました。
 インターン生は、企業の人とコミュニケーションをとったり、様々な業務を体験したりすることから、私の中では広義の意味で社会人と思っています。

 ある企業へインターンへ行き、仕事を体験し、様々なことを学びましたが、インターン最終日、インターン参加者と企業の方々の数人で飲み会をすることになりました。
 ここで私は予期不安を感じました。
 「一人でも外食ができない。友人とも食事ができない。だからこんな大人数の飲み会なんて、何も食べられないに決まっている。」
 といったことが頭の中でいっぱいになりました。

 実際に、飲み会の席で私の不安は的中しました。
 お酒を頼んでも一口も飲めない。食事が出てきても一口も食べられない。
 過去に私が会食で体験したことと全く同じことが起こりました。
 企業の方からは、「どうしたの?」「なんで食べないの?」といった言葉をかけられました。
 心の中では「食べたくても食べられないのです。」と叫んでいました。
 理解されにくいことですが、本当のことです。

 会食が終わった後、改めて、「これは明らかな精神疾患だ」と、つくづく思いました。
 これほど酷いと、今後社会に出て生きていけるのか?といった不安も出てきて、私の心は不安でいっぱいでした。

 ここまで、3つの記事を通して、私の会食恐怖症の症状を述べてきました。
 読者様はこの症状をどのように考えましたか?
 食べられない人の精神は滅入っています。
 なので、無理に食べさせることはせず、理解してあげることが大事であると私は思います。
  理解し、食事だけに気を向けず、普段通りの会話をしてあげること。それが会食恐怖症の人にとって、大きな救いになるのです。
 読者様とコメントなどを通じて意見交換などができたら嬉しい限りです。

 
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友人との食事
 私は会食恐怖症を患い、友人との食事や、一人での外食もできなくなりました。
 前回の記事では一人での外食に焦点を当てて、述べてきましたが、この記事では、「友人との食事」に焦点を当てて、会食恐怖症の苦しみを述べていこうと思います。

 私の会食恐怖症は、友人との食事がキッカケで発症しました。
 馬肉屋さんで馬肉のソーセージを食べ、嘔吐したことがキッカケです。
 馬肉がトラウマとなる、だけで済むならまだ良いのですが、会食恐怖症になった私は馬肉に限らず、外食すること自体がトラウマとなりました。これが会食恐怖症です。

 学生時代のある日、友人と私の二人で会食をする機会があり、私はお腹を空かせて飲食店に入りました。
 そこで出てきたのが、シラスが散りばめられたピザでした。
 食事をする前、私は、お腹を空かしていたので、食べることができるだろうと考えていました。
 しかし、ピザを見た瞬間、吐き気、胸焼け、悪寒、胃もたれといった症状が現れ、一口も食べることができませんでした。

 ここで重要なのが、お腹を空かしていたのに食べられなかったということです。
 人間の摂理として、お腹が空いたら食欲が出てくるというのが普通でしょう。
 しかし、友人との会食の席でお腹を空かしていても会食恐怖症であるならば、全く食欲は出てきません。
 これは明らかな精神疾患です。脳が誤った信号を発信し、極度の不安を引き起こすのです。

 これ以降、友人との会食も全くすることができず、ただの人付き合いの悪い人という印象を友人に与えてしまいました。
 これは食べられない苦しみ理解されない苦しみのダブルパンチで、私は完全に滅入ってしまっていました。

 読者様の周りには、会食の席で、ほとんど食べられない人はいませんか?
 そういった方がいるときは、無理して食べさせることはせず、食べないことを問い詰めることもせず、普段通りの会話をしてあげてください。
 理解してあげることで、会食恐怖症の人は間違いなく安心感を抱きます。

 この記事では友人との会食での苦しみに焦点を当てましたが、次の記事は私の会食恐怖症の日々〜Part3〜として、社会人としての飲み会の席などの会食での苦しみについて述べていこうと思います。

 
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一人での会食恐怖症
 会食恐怖症を発症してからというもの、全く会食することができなくなりました。
 友人との食事はもちろんのこと、一人で外食するときも、吐き気や悪寒など明らかな不安症の症状が起こりました。
 この記事ではPart1として、苦しめられた1つの症状を取り上げます。

 一人で外食することができなくなることは、外食をしなければいいと考えられますが、なかなか上手くいきません。
 当時22歳。大学院に進学していましたので、まだ学生でしたが、就職活動のためのインターンなどで時間を潰すためにカフェに入るだけでも症状が起こります。
 私は元々、「時間は必ず守る」という信念があったため、遅刻などしないように、約束時間の1時間前には目的地へ到着し、下見をした後にカフェで読書などして過ごすという習慣がありました。それは友人との約束、就職活動でも同じことです。
 会食恐怖症の症状により、私は、その「カフェで読書などをして過ごす」という行動もできなくなりました。

 私の中では、会食恐怖症で最も苦しかったことの1つは、前述のような日頃から習慣としていたことができなくなったことです。
(あくまでも
最も苦しかったことの1つで、他にも多々ありますが、それらに関しては後の記事で書きます。)
 日頃からカフェで読書や勉強をすることは好きでしたので、これは本当に苦しかったです。
 日頃から習慣としていたことができなくなる苦しみ。私はこのことは、精神病の苦しみの要点の1つと考えています。

 精神病を患っていない読者様は、このことについてどのように感じますか?
 また、精神病を患っている読者様はどう考えますか?
 苦しみを理解できる方、理解できない方、また共感できる方。コメントなどで意見を言って頂けると嬉しい限りです。

 次の記事では、友人との食事での苦しみについて取り上げます。

 
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新たな病、会食恐怖症
 22歳のとき、私は友人2人と共に馬肉屋さんへ行き、馬肉のソーセージを注文し、嘔吐したことをキッカケに会食ができなくなりました。
 これを会食恐怖症と言ったりします。
 症状は単純で、ただ会食ができなくなるだけです。

 会食をしようと思っても、
 「また馬肉の時のように吐いてしまうのではないか?」
 と言った思考や、本当に吐き気が起こり、症状によっては本当に吐いてしまいます。

 私は、馬肉をキッカケに吐き気、悪寒、震えなどの症状が出ました。

 私は、会食恐怖症も大きい意味では強迫性障害に似ている部分があると思います。
 「吐いてしまったらどうしよう」
 「不安で仕方ない。不安を押し込もうとしても治らない」
 などの部分です。

 会食できないことは、正直他の方々に理解されにくいです。
 心理カウンセラーに会食恐怖症と言っても、「何ですか?その症状は?」と言われることもあります。

 私は、会食できない苦しみ、理解されない苦しみに悩まされ続けました。

 
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